
実話から見えてくる、
新しい意味
実際の現場で起きた、一つの物語。
全8回|約10分で読めます。

──── 現場からのノート 1 / 8
優れたファシリテーション。望んでいなかったパターン。

「それでは、一人ずつ順番に聞いていきましょうか。」
部屋の空気が、ふっと緩んだ。私は少しだけ身構えた。
Keikoは、優れたファシリテーターなら誰もが教わることを、その通りにやっていた。場を公平に保ち、全員を巻き込み、温かい雰囲気をつくる。どんな意見も歓迎する。その姿勢に嘘はなかった。
けれど、私が見ていたのは彼女の言葉ではない。私の目には、このチームが一緒に考えているというより、六人全員が「次はKeikoがどう動くだろう」と静かに待っているように映っていた。
沈黙は何度も訪れた。でも、その沈黙が三秒以上続くことはほとんどない。Keikoが必ず場を動かしたからだ。
もちろん、その言葉はいつも優しかった。メンバー一人ひとりに力を発揮してほしい。その願いは本物だった。
だからこそ、不思議だった。私にはあまりにもはっきり見えているこのパターンが、どうしてKeikoには見えていないのだろう。
部屋が静かになる。Keikoが場を動かす。すると皆の意識は、自分が何を考えているかよりも、「Keikoは次に何をするだろう」という方へ少しずつ向かっていく。
もう一つ、不思議なことがあった。メンバーはみんな笑顔だった。Keikoが場を動かすたびに感謝し、励まされ、自分の意見や質問を歓迎してもらえることを素直に喜んでいた。
形式だけ見れば、これは話し合いだった。
でも、私にはそう見えなかった。
私が見ていたのは、「支える人」と「待つ人」という関係が、少しずつ形になっていく様子だった。このまま何も変わらなければ、次のプロジェクトでも、その次でも、同じことが繰り返されるだろう。
Keikoは優れたファシリテーターだった。
同時に、本人が望んでもいないパターンにも、少しずつ関わっていた。
さて。
ルールを一つ変えてみよう。
「すみません、少しだけ止めます。Keikoさん、誰かを指名するのではなく、それぞれが自分のタイミングで話すようにしてみてもらえますか。」
私はKeikoの表情をじっと見ていた。この一言が、どう受け止められたのか知りたかった。怒っているようには見えない。ただ、本当に戸惑っていた。
まるで、困っている人を目の前にして、「助けないで見ていてください」と頼まれたような顔だった。
「でも……私は助けようとしているだけです。それって、いけないことなんですか。」
Keikoは傷ついたような表情でそう言った。
「助けることは悪くありません。でも、人から奪うことはあります。」
誰にでも、「できれば向き合いたくない」と思う瞬間がある。発言するときもそうだし、黙っているときもそうだ。その場面では、最後は本人が選ぶしかない。
自分の意志で怖さに向き合う。その選択をしたとき、人は成長する。けれど、その選択を私たちが代わりに引き受けてしまうと、大切なものまで一緒に失われてしまう。
Keikoには、話しやすくすることはできる。でも、「よし、話してみよう」と決めることだけはできない。その決断は、本人の心の中でしか起こらないからだ。
本当に大切な瞬間は、言葉が口から出るときとは限らない。
その少し前。
「よし……今度は私の番だ。」
そう静かに決める、その瞬間なのかもしれない。

──── 現場からのノート 2 / 8
よし、今度は私の番だ。


──── 現場からのノート 3 / 8
30秒?

新しいルールに従い、それぞれが自分のタイミングで話すようになったら、何が起きたのだろう。
予想どおりだった。何も起きない。ただ、沈黙が少し長くなっただけだった。
でも、一つだけ大きく変わったことがある。Keikoが、その沈黙を埋めなくなったのだ。
代わりに、ほかのメンバーが少しずつ沈黙を破り始めた。誰が次に話すかを決める人もいなければ、誰かが話し始めるのを待つ人もいない。順番もなかった。
この部屋から、「最初に口を開く人」がいなくなった。話が動き出すとしたら、誰かが自分で動かすしかない。
ある沈黙を破ったのは、一つの質問だった。
「皆さんにとって、『長すぎる沈黙』って何秒くらいですか。どうしてそう思うんでしょう。」
その場にいた全員が、思わず視線を上に向けた。自分なら、どのくらいで沈黙に居心地の悪さを感じ始めるだろう。そんなことを、それぞれが考えていた。
その日は十二人いた。そして返ってきた答えも、十二通りだった。
「2秒くらいでも長く感じます。このままだと時間が足りなくなるんじゃないかと思ってしまいます。」
「10秒くらいなら大丈夫です。考えをまとめるのに、それくらいは欲しいですね。」
「30秒でも気になりません。考えがまとまらないうちに話すほうが、かえって時間を無駄にする気がします。」
誰一人として、沈黙を判断する基準は同じではなかった。でも、その違いが分かると笑いが起こり、そこからまた新しい質問が生まれた。
「私にとって沈黙とは……」という話は、少しずつ「あなたにとっては、そういう意味なんですね。」という話へ変わっていった。
やがて会話は落ち着き、また沈黙が訪れた。でも今度は、誰も急いでその沈黙から逃げようとはしなかった。
Keikoも、すぐには口を開かない。代わりに、その沈黙を埋める人が少しずつ増えていった。
皮肉なことに、それ以来、長い沈黙そのものは以前よりずっと少なくなった。
爪は、いつ切るものだろう。
毎日長さを測る人は、たぶんほとんどいない。ある日ふと、「なんだか物に触れる感じが気持ち悪いな」と思って爪切りを手に取る。そして切ってしまえば、またその存在を忘れてしまう。
チームの変化も、それによく似ている。
プログラムが始まって数週間もすると、多くの人は細かな内容をほとんど覚えていなかった。仕事は待ってくれない。締め切りがあり、会議があり、問題が起きる。そうして日常が戻ってくると、プログラムの記憶は自然と薄れていった。
だからといって、「今日からチームが変わりました」と分かる日は訪れない。
半年後、Keikoから一通のメールが届いた。
その日、Keikoは次のプロジェクトの方向性について考えていた。そこへTaroの声が聞こえてきた。チームで一つ課題が見つかり、Taroが「それは私がやります」と自然に引き受けたのだ。
Keikoは思わず驚きそうになった。でも、何も言わなかった。
以前のTaroなら、誰かに役割を任されるのを待っていたはずだ。誰かに促されたわけでもない。手を挙げるよう勧められたわけでもない。ただ、自分で必要だと思い、自分から動いた。
その瞬間になって初めて、Keikoはここ数か月を振り返った。
変わっていたのはTaroだけではなかった。以前より早い段階で意見を口にする人が増えていた。質問も増えていた。そして、誰かに動かされるのを待たず、自分から責任を引き受ける人も少しずつ増えていた。
「この日から変わった」と言える会議は、一つも思い浮かばない。
ある日ふと顔を上げたとき、Keikoは気づいた。
自分が会話を始めなくてもいい。
場を動かし続けなくてもいい。
いつの間にか、そういうチームになっていた。

──── 現場からのノート 4 / 8
やっぱり、何も変わらない。


──── 現場からのノート 5 / 8
……これ、言ったほうがいいかな?

具体的な出来事から始める
「うわ……。」
「部長、口の端にマスタードが付いてる……。」
言おうか、やめておこうか。
そんなことを考えているうちに、今日の予定を説明する部長の話が、だんだん頭に入らなくなってくる。
何か思いつくと、頭の中ではすぐに小さなせめぎ合いが始まる。ほんの一瞬で終わることもあれば、しばらく続くこともある。
今、頭に浮かんだことを言うか。それとも、やめておくか。
会議というのは、不思議な場所だ。表から見れば、質問や意見が順番に交わされているだけに見える。でも、その裏側では、一人ひとりの頭の中で何千もの考えが出口を探している。そして、それを言葉にするかどうかを、それぞれが静かに決めている。
半年前までのTaroは、そのほとんどを頭の中の「見張り役」が止めていた。黙っているほうが安全だ。その見張り役は、そう信じ込んでいた。
でも今では、その判断が少し変わってきていた。全部が完璧な考えである必要はない。質問が必ず成功する保証もいらない。前ほど簡単には止めなくなっていた。
一方のKeikoは、逆のことを学んでいた。長い間、誰かの役に立ちそうだと思った考えは、ほとんどそのまま外へ送り出していた。でも今は、「少し待ったほうがいい考え」や、「そのまま出さないほうがいい考え」もあることに気づき始めていた。
二人が突然別人になったわけではない。
ただ、自分の考えを言葉にするか、胸の中に残しておくか。その選び方が、少しずつ変わってきただけだった。
私たちは、「どの考えを口にして、どの考えを胸の中に残すべきか」という話を、ほとんどしなかった。
そんなことを考え始めると、すぐに終わりのない理屈の世界へ入り込んでしまう。何を言えば相手がどう反応するかなど、毎回正確に予測できるはずがない。
口にして、その後に起きることに向き合うか。黙って、その後に起きることに向き合うか。そのどちらかしかない。
もう一つ、手放さなければならなかったものがある。いつか恐れを感じなくなる、という幻想だ。怖さが消えるまで話さないつもりなら、最初から口にガムテープでも貼っておいたほうが早い。
そこで私たちは、起きたことについて本人が自分に語っていた説明に目を向けた。
最初、Taroは「失礼にならないようにしていたから、黙っていた」と考えていた。それなりに筋の通った説明に聞こえる。けれど、そのときのことを何度か振り返るうちに、その説明だけではどうもしっくりこなくなってきた。
何度も戻ってきたのは、もう少し格好の悪い心配だった。もし自分の質問が余計なもので、みんなの時間を無駄にしたらどうしよう。しかも、そのせいで全員を苛立たせてしまったらどうしよう。
本当の悩みがそこにあるのに、何か月もかけて「もっと丁寧に話す方法」を学ぶ場面を想像してみてほしい。少しでも余計なことを言えば、時間切れになり、みんなの一日を台無しにしてしまう。
Taroが向き合う必要があったのは、その考えだった。
それが少しはっきりすると、対話の向きも変わった。恐れをなくす方法を探すのではなく、別の質問を考えるようになった。
「では、あなたの質問が本当にみんなの時間を無駄にしたとしましょう。しかも、部屋にいる全員が明らかに苛立っている。さて、どうしますか。」
失敗しないことは、理屈の上ではとても魅力的だ。
でも、どうしても起きてしまう失敗から立て直す方法を何も持っていなければ、不快な状況に直面したとき、結局いつもの習慣に戻るしかない。

──── 現場からのノート 6 / 8
それ、本当ですか?


──── 現場からのノート 7 / 8
本気で、それを測るんですか?


一つ、方法を思いついた。Taroの頭の中に小さな顕微鏡を入れて、考えがひょこっと顔を出す瞬間を待つのだ。
「質問してみようかな……。」
その考えが、一、二秒ためらう。口から出てくるのか、それともまた頭の奥へ引っ込むのかを見届けて、全部数える。外に出た考えはいくつあったのか。隠れたままの考えはいくつあったのか。あと少しで出てきそうだった考えはいくつあったのか。
社員の頭に監視装置を埋め込むという倫理上の問題はひとまず置いておくとして、この過程を直接測る方法を、私はほかに知らない。
けれど、大きな変化が起きていたのは、まさにその部分だった。Keikoは顕微鏡など使わなくても、何かが変わったことを感じていた。
Taroは、アメリカ側が提案したスケジュールでは日本側の仕事が回らないと、自分から説明した。
あるときは、一つの質問で会議全体の焦点を変えた。また別のときには、少し的外れな質問をしたあとで立て直し、数秒後にもっと良い質問を投げかけた。
一つひとつを取り出せば、何かを証明するものではない。でも、そうした出来事が重なると、変化はかなりはっきりしていた。
私が大企業と仕事をすると、必ずどこかで「成果をどう測りますか」と聞かれる。その理由はよく分かる。ただ、一つ問題がある。この物語で最も大切な瞬間は、測ることができない。
Taroが何回発言したかは数えられる。
しかし、どれだけの考えを口にしなかったのか、なぜある考えは言葉になり、別の考えはそのまま消えたのかは分からない。その判断は本人の頭の中というブラックボックスで起きている。
私たちが言葉を聞いたときには、興味深い部分はすでに終わっている。
その一方で、物語は、そうした見えない変化をかなりよく伝えてくれる。Keikoから届いたメールは、どんなアンケートよりも多くのことを教えてくれた。

Keikoは何か月もの間、チームの会話を動かし続けることに、多くの注意を向けていた。
誰を励ますか。誰に声をかけるか。場の空気が沈みそうになるたび、どうすればまた動き始めるか。
目の前の数秒に意識を向け続けていたからこそ、チームが本当に向き合うべき相手について考える余裕は、あまり残っていなかった。
ところが、ある日、自分でも少し意外なことに気づいた。
Taroたちが次の課題について議論しているあいだ、Keikoの頭に浮かんでいたのは、そのプロジェクトの先で待っているお客様のことだった。

──── 現場からのノート 8 / 8
新しい可能性の層


──── あなたの組織にも、こんな物語はありますか。

BEMi CEO
James Chappell
ここまで読んで、どんなことが頭に浮かんだでしょうか。
職場の誰かを思い浮かべたかもしれません。あるいは、自分自身を重ねたかもしれません。見慣れていた出来事が、少し違って見え始めた方もいるでしょう。
どの会社にも、その会社なりのKeikoがいます。
どのチームにも、この物語によく似た出来事があります。細かな事情は違っても、そこで向き合う問いは、不思議なくらいよく似ています。
もしこの物語が、周りの人や自分自身を少し違った角度から見るきっかけになったなら、「もう少し丁寧に見てみると、ほかには何が見えてくるのだろう」と思われたかもしれません。
一方で、このような取り組みが組織の中で進むには、現実的な条件があることも理解しています。
リーダーシップ研修、チーム開発、コミュニケーション研修、コーチング、あるいは組織開発として位置づける必要があるかもしれません。目的や進め方、期待される成果、実施概要などをまとめた提案書が必要になることもあるでしょう。
それは、ごく自然なことです。
そうした実務上の条件が、私たちの仕事を変えることはありません。むしろ、その枠組みがあるからこそ、現場では一人ひとりに合わせた対話や探究に集中できます。
取り組みの内容は、その場にいる人たちに合わせて組み立てます。同時に、組織がすでに持っている企画、予算、承認の流れにも無理なく合わせていきます。
そのイメージが伝わるよう、この物語をもとにしたリーダーシップ開発プログラムの提案書例をご用意しました。

ここまで読んで、これまで見てきたことの意味が、少し見えてきたなら
この進め方が、これまで何となく気づいていたことを、言葉にしているように感じられたなら。
私たちは、きっと一緒によい仕事ができると思います。

BEMiでは、自信を持って発言できるチームを作り上げるためのトレーニングを行います。各企業様にとってベストなプログラムを選択、ご提案させていただきます。まずはお気軽にお問い合わせください。
